大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和54年(ワ)185号 判決 1986年1月20日

原告

秦正己

右訴訟代理人弁護士

古城敏雄

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

上田政之

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の丙地(以下「丙地」という)のうち別紙図面表示の赤点線部分に、原告が同図面表示の排水管を埋設することを妨害してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の甲地及び乙地(以下「甲地」「乙地」、「甲、乙両地」という)を所有しているところ、昭和四九年五月一〇日、両地の地目を田から雑種地に変更した。同目録記載の丙地は、もと池部正義の所有する水田であつたが、被告は、昭和四五年九月二二日、これを買い受けて所有権を取得した。その位置関係は別紙図面のとおりである。

2  別紙図面のように、丙地は甲地の北側に隣接し、これらの土地は、南方から北方へ、西方から東方へと緩やかに傾斜している。原告が甲、乙両地で水稲を耕作していた当時も、その水田の余水は北方へ流出し、別紙図面イ点の通水口から、当時水田であつた丙地を通じて、その北端に東西に設置された別紙図面記載の「初瀬井路」に排出されていた。

3  右に述べた地形、水流に照らすと、丙地は、甲、乙両地の低地であり、被告は、丙地の所有者として、甲、乙両地からの自然的排水の承水義務(民法二一四条)を負う立場にある。ところが、被告は、原告が甲、乙両地からの余水の排水設備(排水管)を丙地内に埋設することを再三要請したにもかかわらず、これを無視し、原告の同意を得ないまま昭和四六年七月ころ、水田であつた丙地を埋立てて宅地とし、甲地との境界線にそつてブロック擁壁を構築し、甲、乙両地の溢水を丙地の方向へ流出させるのを不能にして原告の排水を妨害している。

4  しかも、原告は、甲、乙両地を宅地として利用する計画を立てているが、右両地は市街化区域に指定された区域内にあつて、開発行為について県知事の許可が必要とされているところ、その許可条件のひとつとして、その地域の降雨量及び地形から想定される雨水量(計画雨水量)、予定建築物の用途及び敷地の規模から想定される廃水量等から算定した計画汚水量(以上の総計を以下「計画全排水量」という)を有効に排出できる設備を設けることが義務づけられている。そして甲、乙両地の余水を排出しうる公流(水路)は、丙地北側に隣接する「初瀬井路」が最も近く、かつ右水路は近い将来公共用下水道工事が施行され、近代的下水道に改造される予定であることに照らすと、甲乙両地の余水を右水路に排出するのが相当であり、そのためには右両地の低地である丙地に通水することが必要不可欠なのである。

5  以上のとおり、甲、乙両地の排水施設の設置が迫られているところ、右両土地の排水は、民法二一四条、二二〇条の趣旨に照らし、その低地である丙地を通過させるのが相当であり、丙地のために損害の最も少ない場所は請求の趣旨記載の場所であり、また丙地のために損害の最も少ない方法は排水管の埋設である。そして右排水管の規模は、雨水量及び汚水量に照らし請求の趣旨記載の大きさが必要にして相当な規模というべきである。

6  よつて、原告は、被告に対し、民法二一四条及び二二〇条に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因1の事実は認める。

(二)  同2の事実のうち、丙地が甲地の北側に隣接し、丙地の北端に「初瀬井路」が存することは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)  同3の事実のうち、原告が昭和四六年ころ被告に対し、排水管の埋設方を申出してきたこと、丙地が埋立てられて宅地となり境界に擁壁が建てられたことは認める。その余の事実は否認し、主張は争う。

(四)  同4の事実は知らない。主張は争う。

(五)  同5の事実ないし主張は否認ないし争う。

別紙図面

三  被告の主張

1  自然的排水の受忍義務について

(一) 甲、乙両土地が水田として耕作されていた当時、原告は、訴外上田一夫から甲地の北側、丙地の西側に隣接する大分市大字畑中字永畑九〇四番の土地(以下「九〇四番の田」という)の一部を賃借して耕作しており、甲地と九〇四番の田との間に通水口(別紙図面ロ点)を設け、甲地の余水は右通水口から九〇四番の田に排水していた。それゆえ甲地から丙地への通水は、通常はなく、大雨等で甲地が増水した時のみ丙地に溢水していたものであつて、丙地は甲、乙両地の低地ではないのである。

(二) 仮に、丙地がかつて甲、乙両地の低地であつたとしても、すでに右両土地は埋立てられ、現在では甲、乙地の自然水はそのまま当該土地に浸透しており、大雨等による余水も、甲地と九〇四番の田との間に存する前記ロ点を経て、同田や他の隣接地(水田)に自然排水されており、また、甲地南側舗装部分の雨水は、別紙図面の市道中瀬、三段畑線(以下「南側市道」という)に設けられている側溝(以下「市道側溝」という、別紙赤実線にて表示)に排出されているのであるから、現時点で甲、乙両地の自然水の排出は妨害されていないのである。

(三) また仮に、右に述べた程度、態様では、甲、乙両地の自然水を自然排水するのに不十分だとしても、甲地は前記市道に隣接しており、市道側溝には自然水の排出も可能なのであるから、原告において市道側溝を利用して排出する方法を講ずれば足りることである。

(四) 右のとおりで、自然水につき丙地を通水する必要はないのであるから、被告に甲、乙両地の自然水の承水義務は存しない。

2  民法二二〇条によりある土地に通水権が認められるためには、「その土地から公路、公流又は下水道に直接余水を排水することが不可能もしくは著しく困難であること」が要件とされている。本件においては、甲地はその南側で公路に通じ、かつ同地の駐車場部分で洗車に使用した余水(人工的排水)は市道側溝を利用して現に排出しているし、人工的排水に限れば右公路への排水は直ちに可能であり、現時点において右両土地の余水等を排出するについて全く支障は生じていない。

3  原告は、甲、乙両地につき相当規模の開発(集合住宅の建設等)を意図して、その後の生活排水を考慮しているところであるが、仮に右生活排水等の排出の必要があるとしても、甲地南側に隣接する市道地下に排水管を埋設して、甲地の東方約四七メートル先にある水路(以下「甲地東側水路」という)に排出することが十分可能なのである。

4  原告が排水管を接続しようとする初瀬井路は、幅約四六センチメートル、深さ約五三センチメートルの小さな水路であつて、かんがい用水のほか、本件各土地西側にある住宅団地、アパートの生活用排水の水路としても利用されている。この水路に原告の主張するような計画水量を排出すれば、その排水能力を超過することは明らかで、低地に溢水、冠水等の被害が生ずることが十分予想される。また、水流の増加により、原告が設置しようとする排水管と初瀬井路とが接続する予定地点のすぐ下流に丙地の排水口(別紙図面ニ点)があり、そこからの生活排水の流出が阻害されたり、水路の水が右ニ点から丙地内に逆流することも予測され、その結果、丙地の排水は沈澱槽や浄化槽から溢出する危険性もある。

このように、原告の主張する方法では、近隣に与える影響が大きいのみならず、「初瀬井路」の改修が必要不可欠となるので、市道の地下に排水管を埋設する場合と比照しても、原告の経済的出捐度が著しく減少するとはいいがたいのである。

5  仮に、市道の地下に排水管を埋設することが「著しく困難」で甲地北側の「初瀬井路」に排出することが必要不可欠であるとしても、別紙図面のとおり、丙地の西側に位置し、甲地と北側で接する九〇四番の田はいまだ水田であり、これを利用することが、丙地の地下に排水管を埋設することに比して経済的に格安であり、技術的にも容易である。

四  被告の主張に対する原告の反論

被告は、甲、乙両地の排水について、市道側溝を利用して甲地東側水路への排出、市道地下に排水管を埋設して同水路への排出及び九〇四番の田の地下に排水管を埋設して「初瀬井路」への排出の三通りの方法を主張するが、次に述べるとおりいずれも失当である。のみならず、被告が丙地の埋立及び擁壁工事を強行し、自ら甲、乙両地の排水を妨害しておきながら、工事完成の既成事実をもとに右のような主張をなすこと自体著しく信義に反するものである。

1  甲地東側水路を利用する方法について

甲地は南側が高く北側が低い地形であるから、甲地南側に排水することは明治以来の周辺土地の自然排水、農業排水の流れに逆行するものである。そのうちの市道側溝を経由する方法は、大雨が降つた時周辺の宅地上の雨水の排水を処理しえないし、右側溝の目的は市道上の雨水等を流すためのものにすぎず、生活汚水を排出することは不可能である。次の市道地下に排水管を埋設する方法は、金四五〇万円もの多額の工事費用がかかり、丙地地下に排水管を埋設して「初瀬井路」に排水する場合(工事費用七八万円)に比して、原告の被むる損害が著しい。

2  九〇四番の田を利用する方法について

明治以来の甲、乙及び丙地の土地の勾配からして、甲、乙両地の排水は、九〇四番の田にではなく、地形的に丙地に流出していたものである。従つて九〇四番の田は民法二二〇条にいう低地に該当しないので、同土地を利用すべきであるとする被告の主張は失当である。また、被告は、経済的、技術的見地から九〇四番の田を利用すべきである旨主張しているが、排水管を埋設するについて、それが丙地であろうと九〇四番の田であろうと、経済的、技術的にさほどの差異はない。そもそも排水管の埋設を容認すべき者は誰かの問題に、そのような経済的、技術的要素が入りこむ余地はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実及び丙地が甲地の北側に隣接し、丙地の北端には東西に流れる「初瀬井路」が存する事実は当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いがない事実に<証拠>を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

1  原告は、従前甲、乙両地をそれぞれ一枚の水田として耕作していた。その後昭和二六年ころ、甲地南側に隣接する南側市道が整備されたため、甲地とこれに隣接する右市道との間に段差ができ、右田への出入に不便を生じたことから、原告は、丙地の西側で甲地北側に位置する訴外上田一夫所有の九〇四番の田の東側の一部(二畝程度)を借り受けて、昭和三八年ころまで、耕作したり、甲地の耕作用通路に利用していた。

しかし、原告は、昭和四二年ころ、その所有の田すべてを休耕田とするなどして農業を休業したのであるが、その際、甲、乙両地の田の一部を土盛りし、農機具用の試験場や植本店の仮植場に利用させていた。後記の丙地埋立後は、丙地が甲地より高地となつたが、その後、原告は、昭和四八年ころ、甲、乙両地の大部分を南側市道とほぼ同じ高さに埋立てた結果、再び甲地がやや高くなつた。なお右埋立後の昭和四九年五月一〇日、それらの地目を雑種地に変更登記した。現在では、甲、乙両地はほぼ平坦に埋立て整地され、その全体が運送会社の貨物自動車の駐車場、集荷場として利用され、そのうちの南側市道に面した部分は、道路から二〇ないし三〇メートル幅にわたつて舗装され、自動車の洗車場としても利用されている。

2  被告は、昭和四五年八月ころ、当時水田であつた丙地を大分地方検察庁(以下「検察庁」という)の宿舎用地とするため、その所有者訴外池部正義に対し、同人において宅地造成を完了することを条件として、丙地を買い取ることを申し入れた。同人は、これを内諾して直ちに丙地の埋立を開始し、同年九月中旬ころ宅地造成を完了させ(以下「本件埋立」という)、被告は、同年九月二二日その譲渡を受けた。その後丙地には、昭和四六年二月五日、鉄筋コンクリート造五階建二〇戸の検察庁宿舎が建築され、以後同庁にて管理されている。

3  甲、乙両地が水田当時、両地の農業用水は、甲地の南側市道の方から取水し、余水を生じたときは甲地とその北側の丙地及び九〇四番の田との各境にある別紙図面イ、ロの各通水口を経て、丙地等各土地へと排水されており(右各土地に排水された余水は、別紙図面ホ、ハの各点から初瀬井路に排水されていた)、甲、乙両地は丙地及び九〇四番の田よりやや高くなつていた。ところが、昭和四二年ころに両地の耕作が中止されて後は、農業用水が流入することはなくなり、また雨水等の自然水は、元来甲、乙両地及び付近一帯の土地の排水が非常に良好であつたことから、通常の場合、そのまま両地の地面に浸透していて排水を心配する必要はなく、大雨等により浸透できずに生じた余水のみが、両地西側の荒地や、丙地、九〇四番の田に流出し、ことに昭和四八年に甲、乙両地が埋立てられ、かつ昭和五〇年に南側市道に市道側溝が設置されて後には、この市道側溝(幅約三〇センチメートル、深さ約四七・四センチメートル、なお同側溝の水は甲地から東方約四七メートル先にある甲地東側水路に排出されている)にも流出するようになり、特に、甲地南側の前記舗装部分の雨水や洗車等による人工排水の殆んどは、右側溝に流入している。右の流出について特に近隣から特段の苦情がでたことはなかつた(右に反する証人秦の第一回の証言は措信できない)。このようにして、本件埋立後は、大雨等の際の余水は丙地に流れこむことは不可能となつたが、前掲のその余の土地等に流れこみ、甲、乙両地の自然水排水には現在のところ特段の障害はないし、今直ちに排水施設の設置を迫られている状況にはない。

4  ところで現在は甲、乙、丙の各地を含め、これら土地付近一帯は、市街化区域でかつ住居専用地域に指定されており、周辺の大部分が宅地化されている状況にある。原告も、昭和四二年ころ甲、乙両地の水田耕作を中止してから、右両地に相当規模の宅地開発(四階建程度の集合住宅の建築等を目的とする)を考慮している。

5  そのため、原告は、昭和四五年ころ、被告が丙地を宿舎用地とすることを聞くに及んで、専ら右宅地開発により生じることが予想される大量の生活排水の排出方法確保のため、被告(検察庁)に対し、かつて水田耕作時に田の余水を甲、乙両地から丙地に流していたことをよりどころとして、そのころ再三にわたり、甲、乙両地開発後の生活排水用に、丙地内に排水管埋設の承認を要請してきた。しかし、被告は、排水管埋設場所にフェンス支柱のコンクリート基礎や貯水槽が存し、排水管を通す余地がない等として原告の右要請を拒絶した。一方原告は、九〇四番の田等の隣接地所有者に対しても同様排水管理設の承諾を求めてきたが、これも拒絶された。

6  甲地は、前記のとおり、南側市道に接し、かつ右市道には甲地東側水路(十分な排水能力を有する)に伸びる市道側溝が存する。右市道側溝は、元来市道の路面排水を目的とするものであるが、市道に隣接する土地に降つた雨水や生活排水(沈澱槽の設置が必要)の排出についても許容されており、現に甲地西側の数戸の住宅については、市道側溝を利用して生活排水を放流している。

7  もつとも、原告の意図する開発による計画全排水量は、これを受ける市道側溝の排水許容能力を超過するため、右市道側溝は、原告が都市計画法上開発行為の許可を得るための有効適切な排水路としての要件を充たしていない。それ故、原告は現状のままでは、右開発ができないことになる。しかし、右計画全排水量に応じ、原告において、側溝の規模を拡大する等の側溝改修工事を施すか、排水能力のある甲地東側水路まで市道地下に排水管を埋設することが許容されているから、いずれも自己の負担によりそのいずれかの工事を行えば、前記要件を備えることになる。或はまた、具体化はしていないものの、右市道に沿つて将来公共下水道を設置する計画も存する。

原告埋設予定排水管断面図

8  そうして、仮に、安価とみられる排水管埋設の方法をとるとすると、甲地南側から甲地東側水路まで(約五〇メートル)埋設に要する費用として、金三四〇万円程度と見積られている(甲第一〇号証の見積書によれば、金四五〇万円と見積られているが、同金額には敷地排水勾配整地費一〇三万八〇〇〇円も含められている。しかし敍上の甲、乙両地埋立の経過や埋立につき後述するところに照らせば、丙地に排水管を通すための経費との比較対照するためには、右費用は、これを除外して考慮するのが相当である。)。これに対し、丙地に同様の排水管を埋設して生活排水を丙地北側の「初瀬井路」に放流する(約三〇メートル)に要する費用は少なくとも金七〇万円程度と見積られている。

三以上の事実関係に基づいて、原告の主張の当否について判断する。

1 本来、余水通水権であれ、自然的排水の受忍義務であれ、その場所、態様等が不変不動のものとは考えられず、ことさらこれらを妨害する意図で変更されたものでない限り、周囲の客観的状況や土地利用方法等事情の変化に対応して、その変更や消滅がありうるものと考える。

そうして、本件においては、前認定のとおり、甲、乙両地からの丙地への水流は、もともとこれら土地及びその周辺一帯が水田であつた時代の農業用水の通水、排水に根ざすものであつたが、その後隣接地や付近一帯の土地利用方法が一変し、各地とも水田を埋立てて住宅化するなど、当時と様相を全く異にしているし、付近一帯と共に市街化地域、居住専用地域に指定されている。また、甲、乙両地の雨水等の自然的排水について、現状、現時点では特段の障害も生じていない。そうして、右両地を埋立てて以後は、甲地がその南側で公路(側溝)にほぼ水平に接し、甲、乙両地ともにほぼ平坦に地上げされているから、右埋立後は、少なくとも甲地は民法二二〇条にいう「公路、公流」に接していることになる。原告は、甲地はその南北に高低差があるかのように主張するが、甲、乙両地とも、かつては各一枚の田であつたから、高低差の殆んどない平坦な地形であつたと推測されるし、原告においてこれらを埋立てたのであるから、ことさら意図しない限り、埋立後もほぼ水平になつているはずだし、甲地南側に排水するような地形にすることも自在にできたはずである。これらの状況からすれば、本件においては、かつての水田時代の農業用水の流路や土地の高低差をもつて、甲、乙両地の丙地への通水を主張しうるものとは解されず、かつて存した原告の丙地へ通水しうべき地位はすでに消滅しているものと考えるのが相当である。

2 然るに原告は、水田耕作時の通水を根拠として、丙地内への通水に固執し、南側市道への排水等の手段もとらず、被告に対してのみ丙地使用の受忍を要求し続けているのである。その意図するところは、結局は、甲、乙両地の宅地化、住宅建設に伴つて必要とされる排水施設の確保にある。すなわち、原告の意図している集合住宅の建築等のための甲、乙両地の開発許可を得るためには、両地から排出される計画排水量を有効に受水、排出するに足りる接続公路の存在を要するところ(都市計画法三三条一項三号、同施行令二六条一、二号、同施行規則二二条)、前認定のとおり、南側の市道側溝の排水能力はこれを下廻るため、原告としては、現状のままでは、甲、乙両地の排水を直接右側溝に排水させることができず、右市道地下に、自己の負担で自ら排水管を設置して甲地東側水路に接続する工事(全長約五〇メートル)を必要とする。そのためには金三四〇万円の工事費用を要し、丙地に排水管を設置(全長約三〇メートル、工事費用約金七〇万円)するのに比して、約金二七〇万円の余分な出捐を余儀なくされることになる。民法二二〇条に照らし、この経済的な面からして、甲、乙両地は公路、公流に接してはいるものの、その余水等を公路等に直接排水することが不可能といえるのではないかとも考えられる。

しかし、もともと原告は、甲、乙両地上に四階建程度の集合住宅を建築することなど高度の土地利用を企図し、その結果必要となる排水施設として本件排水管の設置が必要となつているのであるから、右開発行為の規模に照らすと、右金額が不相当に多額であるとは必ずしもいいがたく、従つて、甲、乙両地から公路、公流に直接余水を排水することが不可能もしくは著しく困難であるともいえない。そうすると、本件における甲、乙両地は、甲地東側水路まで排水管を埋設することによつて、使用可能な公路、公流に接続することができるのであるから、強いて被告に受忍を求め、その所有地内に排水施設の設置を求めることは相当でないと考える。なお、南側市道にも、将来公共用下水道が設置される計画も存するし、付近一帯の一般住宅化の状況に照らし、早晩これが設置される状況にある(前掲乙第一三号証の二、証人森永の証言により認める)し、他方、原告も今すぐに住宅地として開発しようとするわけでなく、排水施設の設置を迫られている状況にもない。

従つて、原告の余水通水権(民法二二〇条)を根拠とする主張も理由があるとはいえない。

3  なお、原告は、被告が丙地の埋立及び擁壁工事を強行して既成事実を作りあげ、これをもとに本件排水管の埋設を拒否するのは信義に反する旨主張するが、前記認定のとおり、丙地を宅地として埋立てたことによつて甲、乙両地の自然水の疎通が妨げられたものとは認められず、また、被告において生活排水を排出するための排水管の設置を拒絶したことも、既に認定した事実に照らすと特段信義に反するものと認めることはできない。

四以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川本 隆 裁判官原村憲司 裁判官小久保孝雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例